教育コラム002話:「こどもの可能性」について考える

こどもたちに会うと、いつも何かを教えてもらっている気がする。

以前行った1泊2日の「脱出キャンプ」で、起きた出来事の話。

このキャンプの内容としては今流行りの「脱出ゲーム」をモチーフにしており、施設内に隠された謎を解き明かしながら、施設からの脱出を図るというもの。

こどもたちは大人でも難しい問題に苦しめられながら挑戦し続け、迎えた最終日。

結局、最後の難問を解くには時間が足りずタイムアップとなってしまったので、施設出発までのフリータイムを最後の難問を解く時間にするか、予定通りフリータイムにするかをこども達みんなで話し合う時間がもたれた。

基本的にほとんどのこどもが「問題にチャレンジしたい」と答えた。

でもそんな中、1人だけ「わからない」と答えたこどもがいた。

周りの子が「なんでなん?」と聞くと、「だって一か八かやん。」と答える。

ようするに「問題が解けないかもしれないのに、これ以上時間を費やすべきかわからない。」ということだ。

そういうと、ほかのこども達は口々に反論し始める。

「なんのために脱出キャンプきたん?」

「ここまでやったのに、もったいないよ」

「はやくどっちか決めてや。迷ってるうちに時間なくなるやん!」

そして、しばらくして

「もう多数決で決めようや。」

そんな声が聞こえたので、僕が思わず口を挟もうとしたとき、

渦中の子が大きな声で言ったのは

「多数決なんて数の暴力やん!」

という言葉。

周りのこどもは初め、ぽかんという感じで「どういう意味?」となったけど、

「だから、多数決は数の暴力なの!よくないの!」

とその子も必死に伝えたことが、何故かうまくいき、

「50対1の50が絶対あってるわけじゃないってことやんな。1がかわいそうってことやんな」とばっちりな理解を得ていた。

結局、予想していた結論通り、問題にチャレンジすることにはなったけれど、

・周りと対立していてもきちんと意見できる子
・対立した意見でも、その理由をきちんと理解しようとする子
・意見がひとつにまとまるためには、何が必要か考える子

そんな大人でも難しいようなことを、やってのける。

「やっぱり、こどもはすごい。」

(おかたく)



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